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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)1108号 判決

上告人

村上隆幸

右訴訟代理人

田淵洋海

田淵浩介

被上告人

宮浦興業株式会社

右代表者

宮本三郎

被上告人

宮本三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田淵洋海、同田淵浩介の上告理由について

訴外株式会社大森泉(以下「訴外会社」という)。と被上告人宮浦興業株式会社(以下「被上告会社」という。)との間の売買契約の履行不能が売主である訴外会社の責に帰すべき事由によるものであるときは、訴外会社の債務は損害賠償債務として存続し、買主である被上告会社は、売買契約を解除しない以上、代金債務の支払を免れることはできないものというべきであり、また、売買契約の履行不能が訴外会社の責に帰すべからざる事由によるものであるときは、履行不能による危険は被上告会社が負担すべきものであるから、被上告会社は、この場合においてもまた、代金債務の支払を免れることはできないものというべきである。したがって、右代金債務の支払のために振出された本件手形について、売買契約の履行不能の事実のみから直ちに被上告会社において訴外会社に対しその支払を拒絶することができるものとした原審の判断が相当でないことは、論旨指摘のとおりである。

しかしながら、自己の債権の支払確保のため約束手形の裏書譲渡を受けその所持人となつた者が、その後右債権の完済を受けて裏書の原因関係が消滅したときは、特別の事情のない限り、約束手形を裏書人に返還することなく、振出人から手形金の支払を求めることは権利の濫用に該当し、振出人は、手形法七七条、一七条但書の趣旨に徴し、所持人に対し手形金の支払を拒むことができると解すべきものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三八年(オ)第三三〇号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三五四八頁)。ところで、原審の適法に確定した事実関係によれば、第二裏書人大森泉建設株式会社の上告人に対する本件約束手形の裏書譲渡は、同会社の株式会社岡山住建に対する建材代金の支払のためにされたものであるところ、右建材代金支払債務は既に他の約束手形金の支払により決済され、右裏書の原因関係は消滅したというのであるから、特別の事情について主張・立証のない本件においては、前記判例に照らし、本件手形の振出人である被上告会社及び第一裏書人である被上告人宮本三郎は、上告人の本件手形金の支払請求を拒むことができるものと解すべきである。してみれば、原判決は、結局、正当であつて、論旨は、理由がないことに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木戸口久治 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人田淵洋海、同田淵浩介の上告状記載の上告理由

一、原判決には審理不尽、理由不備の違法がある。

二、本件の争点は、手形におけるいわゆる人的抗弁の存否とその切断の有無にある。而して本件における人的抗弁の存否とは、本件手形振出の原因となつた訴外株式会社大森泉と被上告会社との契約関係の消滅を理由に被上告会社が訴外会社に対し本件手形金の支払いを拒絶し得るか否かということである。

右人的抗弁の存否につき原判決は、訴外会社と被上告会社との間の売買契約の対象不動産が競売されて第三者の手に渡つたので、「本件手形振出の原因となつた売買契約は履行不能の状態にあるものということができるから、被上告人らは訴外会社に対し同売買契約による代金の内金支払のため振出された本件手形についてその支払いを拒絶できる」と説示している。

三、然しながら売買契約の対象不動産が履行不能の状態にあるということのみで反対給付たる代金支払いを拒絶できると即断できるはずがないのである。

原判決のいう履行不能とは広義の履行不能を意味するものと考えられるところ、売買等双務契約上の債権関係の一方の債務の履行不能が他方の債務にどのような影響を及ぼすかは該履行不能の原因によつて異なつてくること多言を要さない。

すなわち、履行不能が債務者の帰責事由に基因するときはいわゆる債務不履行の問題となり、債権者の帰責事由に基因する場合は、民法第五三六条二項が適用され、不可抗力によつて履行不能となつた場合にはいわゆる固有の意味の危険負担の問題となつて本件の如く特定物の売買については民法第五三四条が適用されることとなる。而して民法第五三六条二項あるいは同第五三四条が適用された場合には債務者は反対給付を受ける権利を失わないことが条文上明記されている。

本件の場合においても、本件手形振出の原因関係たる訴外株式会社大森泉と被上告会社間の売買契約が履行不能となつた原因が右両会社のどちら側の責に帰すべきものであつたかによつて被上告会社が本件手形の支払いを拒絶し得るか否かが判断されなければならない。

右の判断を経たうえではじめて人的抗弁の有無が認定されるべきが当然である。

然るに、右につき原審は全くその審理をせず、判決にその理由を全く付していないのである。

四、原審において上告人は右につき、訴外株式会社大森泉は被上告会社に対しその所有不動産全部を経営権も含めて売渡し、その後被上告会社の帰責事由によつて対象不動産が競売された結果いわゆる履行不能の状態になつたものであり、被上告会社が本件手形金支払いを拒絶し得べき理由がないことを詳細主張し、合せて二名の証人を申請してその主張立証に万全を期したのにもかかわらず、原審裁判所は、右証人申請につき全てこれを却下して弁論を終結し、又再度にわたる弁論再開の上申もしりぞけて本件における最大かつ基本的争点である人的抗弁の存否につき全く審理を拒否し、かつ上告人の主張を排斥するにつきその理由を全く説示せずして為された原判決には審理不尽、理由不備(民事訴訟法第三九五条一項六号)の違法があること誠に明らかである。

原判決は直ちに破棄さるべきが当然である。

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